どもども、ナナイロペリカン です!
母の足の異常を発見、




読者さんにはこの時期本当に励まされました。
久々ですが、続きものすみません。
2014年当時の話です。
「親の闘病、ひとり反省会」
「親の闘病、ひとり反省会」
2:自分の親はいつまでも元気だと信じてしまう
3:まさか死ぬなんて本人も家族でさえも誰も思わない母の足の異常を発見、
そんな時に闘病中だった父が死去。
だって先月は生きてたじゃない。
毎日、生活という形を維持するのに必死で
心は冷凍庫に凍らせたままのような感じだった。
できるだけ思い出さないようにしたけど
一回溶け出すと止まらなかった。
そんな日々の中
母の足の異変についてまでフォローできる状態じゃなかった。
母の足の異変についてまでフォローできる状態じゃなかった。
日常を笑って過ごせたのは子ども達のおかげ。




読者さんにはこの時期本当に励まされました。
父の葬式の時も、すでにかなり足が重たくゆっくり歩いてた母だったが
父のことで頭がいっぱいだった。
その後も一人になったときは父のことで悲しみにくれていた。
父のことで頭がいっぱいだった。
その後も一人になったときは父のことで悲しみにくれていた。
本を出したあとくらい、母からメールが来た。
「大学病院で診察をして、後日詳しく調べることになりました(*´∇`*) 母」
ああ、よかった。
これで病気が治せるんだ。
ああ、よかった。
これで病気が治せるんだ。
とホッとしたのを覚えてます。
すみません!つづく
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あの光の点滅はなんだったんだろう…
すみません!つづく
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あの光の点滅はなんだったんだろう…
やっぱり父は何かを伝えたくて、そこにいたような気がします。
不思議な出来事ってあるんだな。そういう経験ありますか?









コメント
コメント一覧 (64)
お墓に、仏壇に、話しかけてる娘です。
父を施設で看取り、葬儀場で告別式までの間お世話になり家に帰って来た日、門の辺りに設置してある人感センサーのライトが、夜中人も車も猫も通らないのに点いては消え、消えては付きを繰り返してました。気付いたのは、タバコを吸いに家の外に出た兄貴。父が、よってくる他のひとたちを追い払ってくれてるんだよと言ってたのを思い出しました。亡くなってしばらくは父の遺影に向かって、会いに出てきてよと、夢でもいいから出てきてよと、泣いてましたね。今も、仏壇にお墓に話しかけてます。一年経っても施設に行ったら居るんじゃないかと思ってしまいます。そう簡単に心の整理出きることじゃないと思います。父に心配かけないように、元気でいれたらいいかな。
お父様に夢でも会えたらいいですね。
長文すみませんでしたm(__)m
ナナイロペリカン
が
しました
私も2年前母を心不全で突然亡くし、葬儀の時とかバタバタしてあまり考えなかったですが日常に戻ると運転中に思い出したりして涙ぐんでました。
亡くなるほんの2日前は元気で娘と泊まりで遊びに行った帰りの日、次は二週間後だねと笑っていた姿が最期になってしまい、今でもその時のことはよく覚えてます。
ナナイロさんのお父さんのお話、私も気持ちわかるので泣きそうです
非現実的ですが、亡くなったお父さんがそこにいたらいいのになと思ってしまいますよね。
私も命日やお盆のときにでも、母がたまに来てくれてたらなぁと思うときがあります。
ナナイロペリカン
が
しました
電灯の揺れ…お父様がいらっしゃったのかも!私は8年前に母を亡くしました。三回忌の日の夜、母が可愛がっていた犬がずっと外で吠えていて、猫でもいるのかなと思っていたのですが…朝起きたら脱走防止の柵が壊れていて姿がありませんでした。必死で家族全員で探しても見つからず、ダメ元で警察に電話をしたら、怪我をしていて、特徴が似たような犬がいると保護されていました。警察に聞いた話だと、とある女性が朝5時半ごろに出勤のために出たところ、道路脇で倒れている我が家の犬を発見して警察にとどけてれたとのこと。かなりの怪我をしていましたが、女性が警察にとどけてくれていたなかったら命はなかったと思います。私と父の予想ですが、多分3回忌の夜に母が帰ってきていて、その姿が犬には見えたから吠えていて、そのまま追いかけて行ってしまったのでは無いかと…そして天国までついて来れないように母が女性にめぐり合わせてくれたのでは無いかと思っています。長文失礼しました〜
ナナイロペリカン
が
しました
今回のななぺりさんの、心を凍らせる…がものすごく共感でき、思わずコメントさせていただきました。
私は15歳の時、母をガンで亡くしました。中学中学と同時にわかった末期ガン。入退院を繰り返し、最後は緩和病棟へ。母が大好きだったから、余計に心を凍らせることでしか、現実を受け止める事ができなかったです。無言で帰ってきた冷たい母のとなりで、家族に気づかれないよう静かに泣きました。
不思議な事はその後起こり、葬儀の日に一人部屋にいたところ、目の前にトゲトゲした光が現れて、目で追っていたら、スッと消えてなくなったことがありました。それ以来見ていません。
不思議な現象なのに、何故か怖くなかったんですよね。後から思うと、あーお母さんだったんだ…と嬉しくなりました。
人の霊は電気系統に移りやすいと聞いたことがあるので、きっとななぺりさんのお父様だったんだと思います!
ナナイロペリカン
が
しました
似たような体験をしたことがあったので、初コメントしました。
昔、母が亡くなった日の夜遅くに、玄関のチャイムが鳴りました。弔問客が来るような時刻ではとうになく、不信に思いながらドアを開けたのですか、そこには誰もいませんでした。。
門も締まっていたので、家の周りを恐る恐るぐるりと巡ってみたものの、人の気配はなくて…。これは絶対、母がさよならを伝えて来たのだと確信したものです。
ナナイロさんのお父様も、きっと、何かを伝えたくて、シグナルを送ってこられたのでしょう。そう思います。
ナナイロペリカン
が
しました
おじいちゃんが亡くなった時は、お線香がずっと不自然なくらい、私と姉の周りをグルグルと漂っていたりとか。おじいちゃんも、私が落ち込んでいる時は、よく夢に会いに来てくれました。
もしかしたら私がそう思いたいだけなのかもしれないけれど、あればそうだったんだって信じています。
今でもおじいちゃんとおばあちゃんは、私の中ではいつも笑顔で生きていて、変わりなく愛情を注いでくれる人です。きっとこれからもずっとずっと(*^_^*)
ナナイロペリカン
が
しました
ナナイロペリカン
が
しました
共働きの両親に代わって育ててくれた祖母。突然死だったのですが、数ヵ月ぶりに実家に帰省した、その日でした。じゅんこを待ってたよ、と言うかのように。
祖母の部屋に敷かれた布団、安らかに眠る横で、夜中にひとり呆然と祖母を眺めていたんです。
そしたら、枕元にあった吊り下げ式のお線香(渦巻き状で、一晩燃え続けるような大きいものでした)が、大きく揺れて。あぁ、ばあちゃんが最後の力を振り絞って、私に話しかけてくれたのかなって。また動かしてくれないかな、声聞こえないかなって思ったんですが、一度きりでした。
ナナイロさんの不思議な出来事も、きっとお父様ですね。もう会えないと分かっているんですが、会いたいですねぇ…
ナナイロペリカン
が
しました
先日義父を亡くしました。血の繋がりは無いし6年ほどの関係ですが、凄く淋しいです。子ども達をとても可愛がってくれた人だからでしょうか。夫より泣いています…笑
下の子はもうすぐ3歳ですが、あんなに可愛がってくれた人のことを覚えていないかもしれないということが、凄く切ないです。
亡くなってすぐは声や仕草までリアルに思い出していました。1カ月が経ち、少し遠くなりました。
不思議な現象でも良いから、会いに来て欲しいです。もっと有難うって言えばよかった。ごめんねも。
まとまりのない文章ですみません…
何だかふと書きたくなって。
皆さんの体験談も、読んでいて涙がでます。悲しみや優しさを皆で共有できるなんて、素敵なブログですね。
ナナイロペリカン
が
しました
トントンと寝かしつけていて、可愛い。
そおですね、さっきまで生きてたのに
もお、どこを探しても行っても
会えないなんてね。
冷凍庫に入れていても、ふと思い出したり
お父さんの話になり、また溶けて
胸が苦しくなったことでしょう。
お母さんまで、気がまわらなかったとしても
仕方ないでしょう。
小さいお子さんもいますしね。
お母さんは、この時 病院に診察に
行ってたんですね。
生きてると、これでもかという悲しい事が
ありますね。
ナナイロペリカン
が
しました
一度泣いたら立ち直れなさそうで、仕事をする事で誤魔化し寂しさと向き合わないようにしてました。
時が経ち少しずつ解凍されてきましたが、結婚や出産、育児中の今もふとした時にもう寂しくて寂しくて!夜中コッソリ号泣したりしてます。
義妹は毎日義母と電話したり、困ったら子供を預けたり(娘なので当然なのですが)、つい自分と比べて嫉妬し自己嫌悪になったりして。
話がズレましたすみません。
不思議な経験はないですが、ナナイロさんのお父様もきっと近くで頑張りを見ていてくれてると思います!!
ナナイロペリカン
が
しました
電気パチパチ。
私も父がなくなった時しばらくありました。
霊感も何も無かったので信じられないけれど、あきらかに不思議な現象でした。
家もバキバキいっていました。
身体はなくなっても魂っているんだなぁって思いましたね。
ナナイロペリカン
が
しました
私はナナイロさんの絵がとても好きで、毎日を楽しみにしています。
最近、私も義両親を同じ月に亡くしました。義母が最初で義父が後を追うかのように。
短い期間のお嫁さんでしたが、とてもとても優しく迎え入れてくれて、誇れる義両親でした。
義母は最後の方まで意識があったのですが、義父の方は話す力も無くなって衰弱していく一方でした。でも、義父の手を握り「お義父さん、お家に帰ろうね。帰ったらお酒飲みましょうね」と言って励ましていました。その時義父も手を握り返すことで返事をしていてくれたのですが、一人ひっそり病院で亡くなってしまいました。
それから私はそう言ってしまった事が後悔として残り、私も「何か感じれないかな?」と期待しているところです。
本当に辛すぎて、一人で居ると、子供の様にわーっと声を出して泣いちゃいますよね。
四十九日法要と納骨をしても尚、どこかにいるんじゃないか・・・と空しく思うことがあります。
そんな心境を知った友人が、「見送るのは若人の役目」と教えてくれました。
とてつもない不安・悲しみの中でのその言葉は私を支える柱となりました。
泣きたいときはワンワン泣いて、そして沢山思い出してあげてください。
ナナイロペリカン
が
しました
父が亡くなり来月で百ヶ日を迎えます。
朝起きて絶望、夕焼けを見ては父を思い、母と電話しては涙が止まらなくなります。
実家から離れて暮らしているので、ふと父がまだ生きているような感覚に襲われ、
そのあともう居ないのだと自覚したときが一番苦しく悲しくなります。
母が、早く時間が過ぎて欲しい、悲しさが毎日募ると言っていました。
私も同じ気持ちです。
会いたい。今度こそ良い娘になりたい。
ナナイロペリカン
が
しました
ナナイロペリカン
が
しました
実家の方でもカーテンレールがバキ!バキ!と何回も鳴ったというのでやっぱりいたんだと思います!
ナナイロペリカン
が
しました
いるのかな?と思ったときにはそばに居るんだと思いますよ(^-^)
ナナイロペリカン
が
しました
もういろいろあったので、亡くなった方は見えないだけで、いつも居るんだなと思うことにしました。
祖母が亡くなったときはあらゆる家電がおかしくなり、( 電話の子機が一台だけ通話中になって戻らなかったり)、父がなくなったあとは実家の炊飯器や手鏡や、窓ガラスや、光るところに線香の灰のようなものが撒かれていたり。
理由はわかりませんでしたが。
だからきっとナナイロさんのところにも来たんですよ、お父様。
「あれ、いるのかな」
ナナイロペリカン
が
しました
ただの電波受信かなとも思いますが祖父が遊びに来てイタズラしてるのかなと思ってほっこりします。
子供達も針が回ってるとひいじーじがまたイタズラしてるー!と喜んでます。
ナナイロペリカン
が
しました
どうしようものない悲しみ、襲ってきますよね。。私も49日までは気を張っていましたが、納骨すると本当に死んでしまったのかと、言い様の無い悲しみに襲われました。でもナナイロさんと同じ様に子供の存在に救われました。いてくれて心から良かった。ただの呟きですみません(^^;;
ナナイロペリカン
が
しました
その後に娘を妊娠したので、娘は父に会った事はないのですが、我が家のベランダに何度追い払っても上がってくるカエルがおりまして。
またこのカエル!と思い追い払おうとすると、当時3歳の娘が「じぃじ」と……
それからベランダに来る生き物は、我が家では父ということになってます(笑)
旦那も「今日お父さん来てるね」と言ったり。
父は生前、ふらりと私の職場に現れたり、用もなく一人暮らしの家に会いに来たりする事がよくあったので心配してるのかな……と勝手に思ってます。あまり頻度が多いと「ちゃんとやってるから大丈夫だよ」と話しかけたりします(笑)
ナナイロさんのお父さんも、娘さんが大好きだったのでしょうね。
ナナイロペリカン
が
しました
だけどお母様の足のことはナナペリさんが責任を感じることはないと思います。
ナナペリさんは何度か病院へ行くよう促したわけですし、冷たい言い方になりますがお母様の自己責任ではないですか。
それにしても心が痛むし切ないです。
ナナイロペリカン
が
しました
当時3歳の娘が
「じいじが羊羹食べたいって」と言ってきました
じいじ(私の実父)羊羹好きだっけ?と思ってると、
「病院に寝てる(他界した義父)じいじだよ、あんこの羊羹食べたいって」
娘が1歳半頃から所謂植物状態だったので言葉を交わした事はありません。
私も義父は大酒飲みのイメージしかなく、義母も義兄弟も揃ってあんこ嫌いのため、旦那の家族が和菓子を食べる所を見たことがなかったのですが、あんこ物が大好物だったらしいです。
聞いてた旦那は固まってました(笑)
すぐにお供えしましたよ。
ナナイロペリカン
が
しました
うちも姉妹ですがキミちゃんが、上の子にそっくりで勝手に親近感が沸かせています。
不思議なことってあると思います。
母方の祖父ですが、母を大変可愛がり優しかったそうで初七日に仏壇に手を合わせていると「ようやく、治ったよ~」と声が聞こえたそうです。
母も『あれ?父は亡くなったのに。』と声に出すと「あぁ。俺は死んだのか~。」と言ってそれ以降は声がすることはなかったそうです。
祖父はがんで痛みと戦いながら亡くなったそうです。
私も祖母の葬儀の際には、自分の部屋まで足袋をする音が聞こえた事がありました。
ナナイロペリカン
が
しました
私は霊感などまったく無いのですが、これは…?という不思議な体験はありました。
同僚がガンで早逝、職場の皆でお通夜に参列し翌日は通常勤務していました。私と後輩が話していると、二人のあいだに一匹のクモが天井からツーッと糸を伸ばし降りてきたのです。驚いたと同時にふと時計を見ると、ちょうど出棺の時刻。もしかしたら、クモになって最後の挨拶に来てくれたのかもと思いました。
そして父の葬儀でも、一匹のハエが祭壇の周りを飛び続けていました。焼香に立つ父の親友の肩にとまり、その後は母の椅子にとまり、火葬場までついてきました。「父よ…ハエかい!(笑)」と思いつつ、不思議な光景にちょっとほのぼのしたのでした。
娘の幼稚園、クラス名が動物なのでゼッケン問題に絶望しています…。
ナナイロペリカン
が
しました
娘が0歳、息子が2歳の時に私の父は天国へ旅立ちました(´ー`)もともと重い病気持ちで、入退院を繰り返していて、その時の入院も、すぐ退院して戻ってくると思っていました。
でも何が起こるかわからないから、父に会いに行こうと、家族でお見舞いに行く約束をして、週末に会いに行くはずだったのに約束の週に意識不明に。
確かに育児はノンストップ(^_^;)
悲しんでる暇はあまりありませんでした
記事を読んで思い出しました(´ー`)
ナナイロペリカン
が
しました
私は父の葬儀があった後、父の部屋と繋がった隣の部屋で寝ていたのですが、いつも父が起きる時間に人影が部屋から出ていくことがありました。
当初、同居の兄が線香をあげに来たと思っていたら違って『あれはお父さんだったんだ』と思ったことがあります。
その後三回忌くらいまでは必ず月命日に父の夢を見るということがあり、他の家族はなかったそうで夢枕に立つってこれか?と思いました。
普段は普通に生活出来ても、毎晩のように布団の中で泣いていたのを覚えてます。
ナナイロペリカンさんは気づかなかったこと気にされてると思いますが、私も父の病気は今思えばあれがそうだったんだと思うことがあります。気づかないものだし、親っていつまでも元気な気がするものですから。
まだ介護が大変かと思いますが頑張ってください!(気の利いたこと書けなくてすみません)
ナナイロペリカン
が
しました
うちの祖父が施設で亡くなった時間に電気の笠が落ちてガシャーンと割れて虫の知らせだねーってなったり。
隣家のヤバイ人で有名な迷惑婆さんが誰にも気付かれず孤独死していた時も電気の笠がバン!!と持ち上げた後に落としたような斜めになったり。(誰かが下から突き上げないと絶対ああはならない)そのときは二階にあたしはいて、誰もいない一階からすごい音がしてからタタタタ!と人の走る足音が聞こえて泥棒入ったかと思い震えた夜でした。
2つとも見てない時に起きた現象ですが、照明器具で知らせてきた感を思い出しました!!
ナナイロさんのお父さん来たんだなと確信しました!!
ナナイロペリカン
が
しました
以前からブログもTwitterも見させていただいてます^^
5年前に主人の父が急死したときに同じようなことがありました。
なくなって数日は主人の実家にいたのですが、義理実家のテレビがおかしくなったり、私の家の電球がチカチカしたり。どちらも数日続いたので壊れたのかな?電球切れかな?とおもいましたがそれ以来どうもなく、5年たつ現在そのまま現役なので義父だったのかなぁとおもってます。
その後も変におかしいくらいにいろんな事が上手くいったりで、義父がそうさせてくれたのかなーとおもってます。
全く霊とか感じない方だったんですが、なんかすーっと、「あ、あれはお父さんだったんだな」って納得が行くと言うか。
あるあるなんでしょうかね。
今でも、都合のいいときだけ「見守っていてください」ってお願いしてます(笑)
ナナイロペリカン
が
しました
父が亡くなって4年が経ちます。今でも、父の面影を探してしまいます。私も父が亡くなって49日が過ぎるまで、不思議なことをたくさん経験しました。中でも、面白かったのは私がお風呂から真っ裸でリビングまで出てきたら、リビングのあらゆる電気がチカチカチカチカと激しく揺れたことです。「んな、動揺せんでも!!笑」と見えない父にツッコミましたw
ナナイロペリカン
が
しました
不思議な現象ってありますよね。
うちは4年前父が亡くなった時にお腹にいた娘が、産まれてから誰もいない所を見て笑ったり指差しながら「じぃじ~」って言ったりしてました( 笑 )
えっ、いるの?見えるの?おとうさぁーん!って泣けました・・・
お父さん、死んだことわかってないのかな・・・とか思ったりしましたが、たまにちょこんと座ってる気がして思い出すことで供養にもなるのかなと思っています。
今もたまにじぃじ~って言ってるので( 笑 )
ナナイロペリカン
が
しました
私はまったく霊感の類はないのですが、そんな私ですら父の初七日を迎えた夜、ベッドで横になって寝ようとしていると、なぜか「あ、、来たかも」と思いました。そして横を見ると大きな黒い影、、あれは父が来たのだと信じています。
他人からみたらそうかな?と思っても、自分がそうだと思うとなんだか嬉しくすら思います。父が来たのだから(^^)だからナナイロさんもきっとお父様ですよ。
ナナイロペリカン
が
しました
母は去年3月に手術‥そして先月も手術。
そんな手術前後に、私と兄と妹の夢に出てきた父(笑)
不思議な体験とちょっと違うかもですが💦
元気な時も闘病中も私たちの夢に出ることなんか無かったのに(笑)
手術の母に対してなのか、私の夢では大丈夫だ!大丈夫だ!しか言わず‥。
入院してた母も病室に父がいるって言ってました。
ナナイロペリカン
が
しました
ナナイロペリカン
が
しました
私が23歳の時に病気で亡くなった父ですが、遺影写真を作りに写真屋さんへ行ったとき、写真屋さんの電気が急にバチバチ鳴ってショートした事がありました。LED電気でショートなんてするハズないのに…と写真屋の店主は言ってましたが、私は父がいるんだ‼️と嬉しくなったのを思い出しました。
亡くなった人は電気関係を使って知らせる事があるって聞いたことがあります。
身内が亡くなってこのような不思議な体験すると、怖いというより嬉しく思ってしまうのは私だけじゃないはず☺️
ナナイロペリカン
が
しました
先週、なんとか説得して連れて行った病院で、母のアルツハイマー型認知症がわかりました。
0歳児を抱えて、母のすっとぼけた言動の数々に腹をたてるばかりで、本当に認知症なんじゃないか?との不安から目を逸らしていたことを絶賛後悔中です。
もっと早く連れてくればよかった。
この半年で、かなり進行した病状…。日々の忙しさに救われる一方、後悔も同じ量あります。
カータンとナナペリさんに救われる毎日です。いつもありがとうございます
ナナイロペリカン
が
しました
大学生の時祖父が亡くなった時に、金縛りのような状態になり、なぜかあれ?部屋に誰かいる?って思った時にフッと何事もなくなり、変だなーって。これが金縛り?そんなに怖くないなって思って。その朝起きてから祖父が亡くなったと連絡が入り、あー!最後に来てくれたんだー!って思いました。遊んだ記憶もないくらいずっと身体が悪く寝たきりだったおじいちゃんなのに、、気にかけてくれてたことがわかりすごく嬉しかったです。
不思議なことってありますよね!
ななぺりさんが辛いことを思い出して書いてくださったブログ、勇気のいることと思います。私たち読者こそとても励まされてます!ありがとうございます。
ナナイロペリカン
が
しました
私の話になってしまいますが💦
遠い親戚の子で当時、今のキミちゃんと同い年の子が病気で亡くなりました。
その後、2週間位?その子の従兄弟(当時小学生)の学習机の電気が一人でに点いたり消えたり、をずーっと繰り返してたそうです。
親戚みんなで、ここに来てるんだね〜😊と言い合ってました。
ナナイロペリカン
が
しました
もしかして母が書かなくていいのよそんなこと!って言ってるのかしら。。でも書いちゃおう。笑
母が亡くなって1ヶ月くらいした頃、夜間授乳中ウトウト舟を漕いでたら、後ろからそっと両肩に手を置かれた感触があり(主人は別室で爆睡中)あ、母だ。と。
それから数ヶ月後に夢に出て来てくれた時には「ママだ!会いたかった!やっぱり亡くなってなかったんだ!」と泣きながら抱きついた私に困ったように笑いかけてくれて。起きた時に寂しさと嬉しさの余韻がごちゃ混ぜになって娘を抱きながら泣きました。
一度でいいから娘を抱っこして欲しかった。
可愛いねって笑って欲しかった。
手伝いなんて何もしなくていいから、私を産んだ時はどうだったのか聞かせて欲しかった。
叶わない願いだけど、今でもずっと母は近くで見ていてくれていると思ってます。
つい1ヶ月前も明け方に下の子の授乳してたら、風もないのにカーテンのタッセルが1個だけゆらゆらと揺れてました。
ナナペリさんと家飲みしながらダブルケアのこと、育児のこと、語り明かしたいです!
こうやってご自分の経験や思いをブログに綴ってくださって、コメントも自由に書けるようにしてくださって、ありがとうございます。
これからもファンとして同志として応援してます!
ナナイロペリカン
が
しました
人生初の骨折が尾骨…
お陰でナナイロペリンカンさんを知りました。
尾骨骨折から…二週間後に父が逝きました。(陸続きではない距離感の親子でした)
13年も患っていた父、最後はあっけなく…アッサリ…(脳出血からの介護生活でした)
でも、きっと私と母の心の準備が整うのを頑張って無理してきたんじゃないかと、今なら思えます。
三人の育児はノンストップで…モチロン、お尻も痛いし(笑)…忙しさで悲しみを忘れていた…忘れようとしていた…
でも、ふと なんとも言えない悲しみに襲われました(義理両親との同居生活、泣ける場所はトイレのみ)
先日49日が終わりました
なぜだか、私に父の気配を感じる現象はまだ起きてません。せめて、夢にだけでも 出てきてくれたらいいのに…
せめて…夢でもいいから…会いたいのに…
きっと父の中で、まだ「その時」ではないのかな…と思うことにしてます。
長々とすみません
ナナイロペリンカンさん、応援してます。みんなが…
応援しながら…自分も頑張ろう!と思えてます。ありがとう😊無理せず、やっていきましょう!!
ナナイロペリカン
が
しました
親はいつまででも親で、いなくなる日がくるなんて思いもしないというか、病床についている姿を見てもそう思っていて、いざいなくなると、わかっていても遣りきれない悲しみなんかに襲われますよね。
私も母が亡くなる前にやっぱり不思議なことがありました。
仕事中だったのですが、部屋の電気がナナペリさんと全く同じようにゆらゆらしてその後いきなり停電しました。
母が入院中だったのですごくイヤな予感がして慌てて看病中の家族に連絡すると高熱で意識がなくなっていました。
その夜、夢を見ました。
元祖山ガールだった母が登山スタイルで道に倒れたので兄と一緒に肩を貸して下山している夢でした。
驚くことにその日は兄も同じ夢を見ていました。
翌日、母は意識を取り戻したのですが、しばらくして亡くなりました。
母が旅立った後も同じような、兄と鏡あわせみたいな夢を見ることが数回あり、それまであまりこういうことを信じない質でしたが、ちょっぴり信じるようになりました。
ナナペリさんのご体験もきっと、お父様が来られてたのではないでしょうか。
お父様はご自分のことを偲んでほしかったのか、はたまた悲しんでないか心配なさったのか。ナナペリさんが無理してないか様子を見に来られたのか。
涙には悲しみをとかして体の外に出す役割があるんじゃないかと思います。
お父様はそれを狙ってらしたのかな?
ナナイロペリカン
が
しました
どうしてこんなに胸に刺さって、分かる!分かる!の共感が起こるんでしょう。
私は長女出産直前に母を亡くしました。
初めての出産、そして新生児のお世話…悲しみの沼に落ちる暇もない毎日の中、ふとした時にぐわぁっと寂しさと悲しさが襲って涙が止まらなくなったり。
初孫に会えるのを楽しみにしてくれてたのに。
ナナイロペリカン
が
しました
おんなじようなこと、私もしました笑
今考えると変だなーって思うことは、お風呂に入ってたら、ドアの向こうから名前を呼ばれたり、手を洗っていたら洋服の裾をくいくいっとされたり。結構不思議なことありました!
あの時はその度に泣いてたな〜。。なんでもどんな形でもいいから姿を見せてくれたらなって思うんですけど、なかなか上手くいかないものですね🙃
ナナイロペリカン
が
しました
ナナイロペリカン
が
しました
愛犬が旅立って2年半ほど経ちますが、日々子育てに追われてなかなか泣けないものですが、未だにふとした瞬間に「もう会えないんだ」と気付いて大泣きしてしまうことがあります…。
そして、私の母は姉と私を出産する間にもう一人妊娠して予定日まで順調に育った子を死産してるのですが、亡くなったその年のお盆に、眠ってる母のお腹に赤ちゃんが乗っているのを父が見たそうです。私自身は霊感ないので見たことないのですが、霊の話なんてまるでしない父親が話していたらしい(母談)ので、やっぱり不思議なことはあるんですね…。
ナナイロペリカン
が
しました
今日の記事は最初から最後まで胸に突き刺さりました。途中のナナイロさんちのお写真も、なんだか、その中にある幸せに泣けてきちゃって。生活感があるのも、またそのときを思い出す、そのときの瞬間を切り取れる、大事な背景ですね。
お父様が電球を光らせた話も。きっときっと、見守ってくれてるんですよね。来てくれてたんですね。
わたしの話ですが、、第一子を妊娠後期にお腹の中で亡くしました。当時の記憶は辛過ぎてあまりありません。女の子でした。
一度だけ夢の中でその子が大きくなった?女の子がわたしの方に走ってきてぎゅっとしてくれて。「またすぐ会えるよ」といい居なくなりました。起きて、娘が会いに来てくれたと号泣。その後、再び妊娠が発覚しました。パパもその時期に職場に熱い光の塊が現れて、また会えるよ。と言われたそうです。次に産まれた子は、可愛い男の子でした。性別は違いますが、娘の魂を引き継いで来てくれた子だね、ってわたしとパパは確信してます。
日々の子育てに追われて母の体は限界寸前ですが、、この忙しさも有り難いこと。余裕がないときは息抜きして自分を甘やかして、明日も頑張ります!!ちなみにわたしの母はパーキンソンです。まだ自分で生活できるレベルですが、、将来のことを考えると暗い靄が頭にかかるようです。ナナイロさんのお母様のことも案じております。
すみません、なんだか自分の話になってしまいました…ナナイロさん本当にお疲れのようで、とても心配ですが、、手を抜けるところは抜き、少しでも穏やかに暮らせますように。明日も幸せな1日でありますように。
ナナイロペリカン
が
しました
うちの父が小学校の時に亡くなってたのですが母が亡くなったから桃の節句や端午の節句などお祝い事は今年は止めようかな...って思っていたとき急にオルゴールが鳴ったみたいです。
うちの父はお祝いやお祭り好きだったので「あぁこれはお祝いしろって事だな.」っと思ってお祝い自粛を止めたと言っていました。
また別に自分の親友が亡くなった事の話ですが久しぶりに連絡しようって電話をしたら繋がらなくて次の日親友の弟から訃報の連絡が来たときに私が連絡した時間に亡くなったんだと聞きビックリしたのを覚えています。
いつも私の心配をしてくれていた親友が最後に何か伝えてきてくれたんだなって今でも思ってます。
長くなりすみませんっ!!
ナナイロペリカン
が
しました
僕は嫁さんを2年前にガンで亡くしまして。病気が分かるまで家事を本当に任せきりにしてたので亡くなった後、本当に些細な家事も ずっと首をかしげながら中学男子と小学女子との格闘。
その上、上の子が難しい子だと、ずっと思っていましたがどうしようもなくて病院に行ったら発達障害の診断がおり、今も役所や施設に走り回ってます。
おかげ?で嫁さんを思い出して泣ける余裕はようやくここ半年くらいで出来ました。これも嫁さんの配慮かと思いながら。
ただ当方には気配や知らせを出してくれませんがヘタレな僕に気を使ってくれてるのでしょう。そう言う事にしてます。
勝手に書き込ませて頂きすみませんでした。でも元気とノウハウなど、学ばせて頂いてます。
これからも楽しいお話をお願いします!
ナナイロペリカン
が
しました
あとは命日付近になると黒蝶が必ず来ます、ガーデニングと蝶(モチーフの物)が好きな母だったので、母だと思っています。
それと、私が出産して入院したとき(実母が亡くなって5ヶ月後に出産)、ベッド脇のイスに座って一緒に居てくれてた気がします。めちゃくちゃ気配が強かったので母だと思ってます(笑)
癌が進み危篤のとき、不謹慎かもしれませんが「お母さん逝くなら夜中じゃなくて午前中にしてね」って心の中で言ってしまったんです。(父の身体的な事情により、、、)そうしたら本当に午前中でした。去り際も母らしく私と旦那に見せないように(気を使ってくれたのかな)、父と看護師さんの前で逝きました。
思い込みもあると思いますが、こんな感じでした。
冷凍庫の話凄く分かります。妊娠中に亡くなりまだまだ落ち着かないときに出産→育児でした。もう何がなんだか分からぬまま早4年、、、少し前に次女も産まれ、悲しむ暇なく今です(;´∀`)でもきっかけがあるとブワッと来てしまうので隠れて号泣してます(;´∀`)
ナナイロペリカン
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仕事で疲れて帰って来て玄関から入った瞬間に、ドアノブを握っていた手をそっと握られる感覚がしました😊
私はお盆のことなどすっかり忘れてしまっていたのですがなぜか、あ、じいちゃんだ…ってふと思ったんですよね。
その事をリビングに行って母に話したら、じゃああんたが帰ってくるの待ってたんだねと。
そこでようやくお盆だったことに気が付きました😅
今でもあれは、祖父だったんだなぁって思ってます。
きっと、ナナイロさんのとこにもお父様来てたんでしょうね😊
ナナイロペリカン
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私の父の葬儀で、父の親友が弔辞を読んでいるときに堪えきれず泣いていたら隣で旦那がびっくりした顔でキョロキョロしていたんです。
後で聞いたら『なーにをそんなに泣くこた無いよ』とヒロシさんの声がしたんだよ!と言っていました。私に言ってよ…(笑)😢
以前ブログにありましたが『風が吹いても涙が出る』って本当にそうですよね、一人になるといつも泣いていました。
父はその後四十九日に私の夢に出てきました。
涙で言葉にならない私をポンポンとして『わかってるから』と頷いてました。
やっと七年たちました。
少しずつ泣くことも減りましたが、やっぱりたまに泣いてしまいますね💦
豪快で人よりは好きな事をやった父でしたが、孫は見せてあげられなかったのでそれだけは残念です。
ナナペリさんのブログ本当に大好きです😼
ナナイロペリカン
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毎回楽しく拝見させてもらってます。
私の弟が亡くなった時、葬儀を終えて自宅に帰ると弟の部屋に知恵の輪が外れた状態で部屋の真ん中におちてたんです。
家族の誰も触ってないという話から、不器用な弟が何か家族へのメッセージを残したかな、と今でも不思議に思う出来事がありました。
介護に育児に仕事、計り知れない大変さがあると思います。いつまでも応援しています。
ナナイロペリカン
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父が亡くなった後、父が好きだった自作のオーディオセットのあたりで、よく夜中にバチンバチンと床板が鳴っていました。いつも私が一人で起きている時だけ。
生前オーディオの前によく座っていろいろ趣味のことをやっていたので、「あぁいるんだろうなぁ」と思っていました。
不思議と怖さはなかったですねー。そんな時は父のCDをかけてました。
突然いなくなったので、心残りがいろいろあってよく戻ってきてたんだろうなぁと。
久しぶりに父のことを思い出しました。
ナナイロペリカン
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子供の頃、よくお盆などに白い蛾が現れると、両親があれはお爺ちゃんが様子を見にきたんだよ〜って言っていました。実際大人になって父が亡くなった時、葬儀後に実家に戻ると、リビングに茶色の蛾が静かに止まってました。窓も開ける間もなく出かけたし、急に現れたので、絶対に父だと思いました。翌日はやはりいなくなってましたね。
今でもバレンタインや父の日のわざわざ前日に、気配を感じたり、夢に現れたりします。(お供え請求w)父らしいです笑。ナナペリさんの電球のお話も、きっとお父様だと思います。きっと様子を見にきてくださったんでしょうね。
冷凍庫の話は、なんだかすごく胸にこたえました。姉があまり弱音も吐かずなので。。悲しみを凍らせてるのかなって。本当に子供や忙しさが救いですよね。。亡くなった後の手続きも忙し過ぎたけど、それがあって良かったと今では思います。
ナナイロペリカン
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ナナイロさんのお父様もきっと何か伝えたかったのかもしれないですね。
私の両親は二人とも健在ですが、やはり老いは見られます。親孝行したいと思いつつ、まだまだ元気だからと何もできないでいます。
ナナイロペリカン
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母は会いにきてくれたのかなって言っていました。
ナナイロペリカン
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ナナイロさんのお父さん電球ゆらゆらの技すごいですね。
うちの母は、家電話のワン切りです。
ばあばやねーっと子供たちと和みます。
そして襲ってくる寂しさったら!
ナナイロペリカン
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昔、母が亡くなった後の事ですが、私と兄と父親で居間に居たときに、キラキラした雲のようなものが私たちのそばに飛んでいたそうで、それをみた父親は、亡くなった母だと思ったそうです。
私自身、小さかったのでは覚えていませんが、その雲を掴もうとしたけど、すーっと消えていったそうです。
何か伝えたい想いがあったのだろうと思います。
ナナイロペリカン
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お嬢さん達の面倒もお家のことも介護のことも
お気持ちお察しします。
あ〜お嬢さん達の面倒見てあげたーい!と思いますよ。
私は弟が死産だったのですが(だから1度も会ってません)
私が辛い時になぜか話せないうちにいなくなってるのに「お姉ちゃん!」って小さな男の子に呼ばれる夢をよくみるんです。
だから頑張ってられることもあるのかな、って。
ナナペリさんもきっとお父様だったんじゃないですかね。何か言いたかったのかいつもそばにいるよって知らせたかったか。
祖母が他界した時も適当に洗濯物を干したりしたら夢に出てきたりとか…つらくてもうどうでもいいって時に手を握られた感触があって目が覚めたとか。
私は信じてます。
ナナイロペリカン
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ナナイロペリカン
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