どもども、ナナイロペリカンです!
2014年当時の話「親の闘病、ひとり反省会」
前回の続きです。(ちょっと長いかも)

2:自分の親はいつまでも元気だと信じてしまう
3:まさか死ぬなんて本人も家族でさえも誰も思わない
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なんでこんなに検査のテンポ悪かったんだろうって
今になってすごく残念に思うけど
12月だったし、大きな病院で検査の予約をとるだけでも時間がかかるみたいだった。
難しい病気が判明する前ってこういうことってよくあることなのかもですね。

この時はここまで深刻な病気だと思ってなかったし
治療すれば少なからずよくなるものだと信じてた。
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母は仕事の帰り、家の近く常連の居酒屋でよく飲みに行ってたようだ。
そして足がもつれ転倒…それも2回3回と。

それでもよくよく考えれば仕方がないことだった。
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自分の病気の心配もあるけれど、夫を失った大きな喪失感。

家族4人で住み始めた家
今ではひとりきりに。
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父が亡くなってから1ヶ月があっというまに過ぎ、気づいたら年末に近づいてる。

私は父が亡くなってからというもの心のスキマをこれで紛らわせていた。
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本を出したばかりでお仕事も普段よりたくさんあったが、気持ちが全く追いついていかなかった。
集中できず、はかどらず、こんな自分のやる気のなさに悩んだ。

そんなとき投函される家のチラシは本当に魅力的で…悪魔的で…(笑)

最初はただの楽しい妄想で眺めてうっとりしてたけれど、
そのうち自分たちでも買える家がないか現実的に探し始めてしまった。

『家が欲しいなら仕事しろ…!』と仕事を乗り越えるモチベにもなった。

そして
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どっぷり不動産の沼にはまってしまい、結局家を買うという結末に。
(この話はここでは深くしませんがまた何かの機会で…いろはにちへど
①巻にそのときのこと描いてます)

家を買うというのは一大事で、不動産メーカーの方も必死に夢を見させてくれる。
そしてとても忙しくなる。いくらでも検討する事項があった。
それが心地よかった。

…心の隙間を完全に自分から差し出してた。

休日は家を見学する予定を詰め込み
色々思い出すのがつらくて、実家もあまり帰ってなかった。
母の病気についてもできるだけ考えたくなかった。

父亡き日々、
ちょこちょこ実家に帰って母の様子みたりすればよかったのに。


このときは結局マイホームのことばかりで頭がいっぱい。
ああしていれば、こうしていればの後悔がとれない。


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辛い時、無理してる時、いつもと同じ生活を送ろうとしてもどこかで無理が出てくる。
それが心を埋めるために何かに依存したりするんだろうな。

私は家探しだったけど、
依存にならないにはどうしたらいいんだろう…

合わせて読む(過去記事)
2010年、タマ子1歳を連れて行った母との旅行の記事
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前回の不思議体験の記事のコメントありがとうございました!
0620−1
めちゃめちゃ不思議なことってあるんだなってびっくりしました。

私はもう父の死は過去になりつつありますが
親しい人を亡くされたばかりの方が書き込んでくれるのも嬉しかった。


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感謝御礼(*´ェ`*)