どもども、ナナイロペリカンです!

ちょこちょこ続きものすみません。
「親の闘病、ひとり反省会」
父や母の病気について思ったなどを綴っております。

0:6月21日世界ALSの日
2:自分の親はいつまでも元気だと信じてしまう

今回は父の病気の話です。

咽頭がん末期と診断された父。

長期入院中だったが、
ストレスで自宅療養を希望し治療を一旦やめて退院。

自宅に戻っていた父に会いに行きました。
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父に会うには少し勇気がいる。
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よかった、元気そうだ。

母の手料理を食べて、孫の顔を見て、100均で調達したホワイトボードと
100均でこんなにいいものを買ったと太陽光で首をかしげ続けるクマとか
自慢げに見せてきて
とても楽しそうに過ごしている父の顔を見れてホッとした。
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1年以上弾いてなかったピアノも自宅に帰ってから練習していたらしい。
昔みたいにスムーズではなかったけど

大好きだった「星に願いを」「オーシャンゼリゼ」「枯葉」
あと昔お店で弾いてくれたお馴染みの曲を弾いてくれた。
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この漫画と同じ、ぶつ切りのような突然の終わりだった。


お別れが近いって言ったって

もっとゆっくり目に見えて具合が悪くなっていって。

それから入院して。だんだんと死を意識して。

意識がなくなって

そしてしばらく経ってからじゃないの?


でもそうじゃなかった。

敗血症にかかって一気に具合が悪くなってしまったのだ。


ある意味、幸せな死に方とも思える。

死ぬ間際まで自宅で過ごせて

喉詰まらせそうになりながらも妻の手料理たべれて…。

よく考えれば幸せだったねお父さん。


それから死ぬ数時間前には兄と私に向けて筆談でメッセージを書いた。

命からがら震える手で伝えてきた内容はこうだった。


「万 が 一、死 ぬ か も」


今思えば少し笑ってしまう。

数時間前までは、まさか自分が死ぬなんてほとんど思ってなかったんじゃんと

わたしもこうやって死にたいわなんて縁起でもないことを思ってしまうほどだ。


ここにたどり着くまでいろいろ大変だったけどいい死に方だった。

でもそう思えるのはだいぶ後のこと。


しばらくは全く現実味もなくて涙も出なかった。

わんわん泣いたのは死んでから10日後くらい後に

ひととおりのことが落ち着いて日常が始まってからだったし、


その10日間の間がタイムリープしたかのような不思議な時間の流れ方で

1日がとてつもなく夢見心地でふわふわしてて、ただただ長く感じた。


きっとアドレナリンが切れたのが10日後だったんだろう。


それから父の死後2年ぐらいは、

ふと風が吹けば涙が止まらなかった。

どんなに幸せだと思える死に方だって、喪失感は大きいし

どんなにめちゃくちゃな父だって、亡くなれば寂しい。


父の死を受け入れられたのはつい最近です。


ただ一つ、父の死についてちょっぴり後悔してることは

カメラを止めるな!

だったなあ…。


子供の写真だけじゃなくて、もっと父も写真や動画で残しておけばよかったって思います。

ほんと些細な日常がいちばんの宝物になる。

後悔先に立たず。終わって気づくことがいっぱいです。



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やっと父の死のことをちょっと振り返れた。
もっといろいろ語ればきりがないけれど
喉に突っかかった魚の骨のようなエピソードだったから、
書けてよかった…。

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感謝御礼(*´ェ`*)